logo

コラム

足もとに、4億年。

― 奥飛騨の景色は、思っていたよりずっと深かった。―

奥飛騨に来てから、山を見上げることが多くなった。
朝、仕事へ向かうとき。車を走らせているとき。温泉に入っているとき。
いつも、そこに山がある。
「すごい景色だな」と思っていた山が、この土地のことを知れば知るほど、
違って見えるようになってきた。
きっかけは、何気なく知ったひとつの事実だった。
“このあたりの石には、およそ4億年以上前の海の記憶が残っている”
一瞬、意味がよくわからなかった。海?
こんなに山ばかりの場所なのに。

奥飛騨温泉郷があるのは、中部山岳国立公園の西側。
北アルプスを中心に、新潟、富山、長野、岐阜の4県にまたがる、広大な国立公園だ。
槍ヶ岳、穂高岳、立山、剱岳、乗鞍岳。
名前を聞いただけでも圧倒されるような3,000メートル級の山々が連なっている。
1934年、日本で国立公園が誕生したその年に指定された、最初期の国立公園のひとつでもある。
けれど、僕が面白いと思ったのは、その大きさや山の高さだけではなかった。
驚いたのは、この山の足元に残されている、途方もない時間だ。
いま足元にある地層や石の一部は、もともと海の底で生まれたものだ。
およそ4億年以上前、この場所には海があった。
その事実を知ったとき、いつもの景色が、急に不思議なものに思えてきた。
一方、「北アルプス」と呼んでいる山々が大きく隆起しはじめたのは、ずっと後のこと。
およそ500万〜250万年前、このあたりはまだ古日本海に突き出た低い半島だったという。
そこから約250万年前に急速な隆起がはじまり、
150万〜60万年前には激しい隆起によって現在につながる雄大な山脈へと成長していった。
さらに氷河の時代を経て、いま僕たちが見ている鋭い稜線や谷がつくられていったそうだ。
つまり、古い石でできた、若い山。
そんな場所に、僕はいま暮らしているのだ。

福地温泉には、その途方もない時間を実際に感じられる場所がある。
この一帯からは、サンゴや三葉虫などの化石が見つかっている。
いま雪が積もり、温泉が湧き、僕たちが暮らしているこの場所が、
はるか昔には暖かい浅い海の底だったとは信じられない。
頭では理解できても、なかなか実感が追いつかない。
福地温泉の福地化石館では、この土地で見つかった化石を実際に見ることができる。
山を見たあとに化石を見ていると、
目の前の景色が「きれいな山」だけではなくなってくる。
僕は、川辺にある石を見ても、「これは、どこから来たんだろう。」
と、そんなことを考えるようになった。
何億年という時間が、ただの石ころみたいな顔をして、足元にある。
なんだか面白い。

そして、この土地のことを知っていくうちに、
もうひとつ、見え方が変わったものがある。
温泉だ。
奥飛騨温泉郷には100を超える源泉がある。
その湯を生み出している地下の熱。
その背景には、この山域の火山活動がある。
その代表的な存在が、いまも活動を続ける活火山・焼岳。
地下へ染み込んだ水が熱せられ、断層などを通って地上へ湧き出してくる。
つまり、僕たちが「ああ、気持ちいい」と浸かっている温泉も、
この大地がいまも動いていることの恩恵だと言える。
焼岳は、1915年の噴火に伴う泥流で梓川をせき止め、現在の大正池を生み出した。
奥飛騨で入る温泉と、上高地で眺める大正池。
僕の中では、まったく別のものだったはず。
でも、景色も、温泉も、同じ大地の続きだった。

そう考えると、不思議なくらい、いろいろなものがつながっていく。
まず、大地がある。その土地の高さや気候に合った植物が育つ。
植物を求めて、生き物が暮らす。平湯のあたりでは白樺が増え、
標高を上げていくと、やがてハイマツに変わる。
そして、そのハイマツ帯にはライチョウが暮らしている。
雪だって、偶然ここにたくさん降るわけではない。
北アルプスという巨大な山脈があるから、
日本海側からやってくる季節風が山にぶつかり、この西側に大量の雪を降らせる。
山があるから、雪が降る。
雪があるから、植物が変わる。
植物があるから、生き物がいる。
そして人もまた、その自然の中に生きられる場所を探しながら、ここへたどり着いた。
大地があって、植物が育って、生き物が生きて、人がやってきた。
考えてみれば、当たり前の順番なのかもしれない。
でも僕は、奥飛騨へ来るまで、
そんなふうに自分の暮らしている場所を考えたことがなかった。

国立公園という言葉にも、少し堅いイメージを持っていた。
「自然を守るための特別な場所」。そんなところだろうか。
でも、日本の国立公園には、人が暮らしている場所も含まれている。
道路があり、集落があり、温泉宿がある。
奥飛騨温泉郷も、国立公園のすぐ隣にあるわけではない。
この大きな自然の中にあるのだ。
山の中に、なぜ温泉があり、川沿いに、なぜ集落があるのか。
なぜ人は、ここで暮らしてきたのか。
人間があとから勝手に景色の中へ入り込んだというより、
人の暮らしも、この大地から続いてきたものなのかもしれない。
そう考えると、「国立公園の中に暮らす」という言葉の意味が、
まるで別の感覚に変わった。

この土地には、もうひとつ大好きなところがある。
これだけ壮大な山々なのに、意外なほど近くまで行けることだ。
新穂高ロープウェイに乗れば、西穂高口駅は標高2,000メートルを超える。
乗鞍畳平なら、バスで標高2,702メートルまで行くことができる。
登山の技術がなくても、3,000メートル級の山々を下から見上げるのではなく、
同じ目線に近い高さで、向かい合うことができる。
はじめてその高さに立ったときのことを、僕はよく覚えている。
山を見ているはずなのに、山の方からも見られているような、
不思議な気分だった。

奥飛騨に来たばかりの頃、僕が見ていたのは、きっと景色だ。
山がきれいだ。雪がすごい。温泉が気持ちいい。
それだけでも十分だったけど、この土地のことを少しずつ知っていくうちに、
山と、石と、雪と、植物と、生き物と、温泉と、人の暮らしが、
全部、一本につながって見えるようになってきた。
4億年以上前の海の記憶を持つ石がある。
その後、大地が大きく動き、北アルプスが立ち上がった。
山が雪を降らせ、植物を育て、生き物の居場所をつくった。
地下の熱は温泉となって湧き、その水と湯のある場所へ、人がたどり着いた。
そして、その流れのずっと先に、いまの奥飛騨温泉郷がある。

僕は、いま、その中にいる。
見上げれば、いつもの山。足元には、いつもの石。
でも、もう前と同じ景色には見えない。
奥飛騨の魅力は、目の前にある景色だけじゃない。
その背景にある、途方もない時間まで含めて、奥飛騨なのだ。
近ごろの僕は、足元の小さな石ころまで、気になるようになってしまった。

― 書き手 ―

河野 光 / 埼玉県出身。奥飛騨温泉郷観光協会 地域おこし協力隊。
外から来た視点で、この土地の違和感や魅力を探している。
最近は、きれいな景色に出会うと、その景色ができるまでの時間も、
気になってしまう。

Instagram

Pickup Season

ピックアップ シーズン

一般社団法人 奥飛騨温泉郷観光協会

〒506-1431 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷村上1689-3

観光案内所へのお問い合わせ

奥飛騨温泉郷観光案内所(新穂高センター内)

〒506-1421 高山市奥飛騨温泉郷神坂710番地9

平湯温泉観光案内所
(中部山岳国立公園 奥飛驒ビジターセンター内)

〒506-1433 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷平湯763-12

このホームページは岐阜県からの補助を受けて制作したものです。

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleのプライバシーポリシーと利用規約が適用されます。

© 2026 Okuhida Onsengo Tourism Association. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.

×
menu